2007年05月01日

このカテゴリについて

[昔話のこと>おにぎりみたいなお話作り]
「おにぎりみたいなお話作り」 というカテゴリを作りました。このカテゴリの内容をいずれ電子書籍にまとめる予定でいます。
現在まだ書いている途中ですが、書き上がった部分を、小昔話と同じように先にこちらで公開します。
お話ではなく、お話を作るの手探り記録(?)のような内容になる予定のつたない文章ですが、面白く読んで頂けたら幸いでございます。

すでに記事を二つ書いてあるエッセイカテゴリとは別にしました。書き進むにつれて雰囲気が合わなくなってきてしまったので。^^;
そちらにはまた機会があったら何か書こうと思います。

2013.6.14追記
昔話の特徴などについては、別サイトの「昔話の様式ってこんな感じ」、「文献を自分なりに解釈してみた」にも書いています。
タグ:お話作り

2007年05月01日

土曜日のお昼ご飯のようなお話

[昔話のこと>おにぎりみたいなお話作り]
 私は「小昔話(こむかしばなし)」と題して短いお話をいくつか作っています。昔話のように『昔々あるところに…』で始まるお話です。

 長い時間をかけてたくさんの語り手さんたちが語り継いできた本当の昔話ではなく、私の作る「小昔話」は一個人が作った創作のお話です。
 だけれど、もし何年も何十年も何百年も経った後に、私の作ったお話が『むかしむかし…』とどこかで語られていたら嬉しいなという思いをこめて、昔話という言葉の入ったタイトルを使わせてもらっています。今、あるいは将来どこかにいるかもしれない「昔の自分」のような子どもたちにお話を楽しんでもらえていたら、私はたいへんに幸せです。

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2007年05月01日

作りやすい形だと思ったのはなぜか

[昔話のこと>おにぎりみたいなお話作り]
 私が『昔話は作りやすい形をしているのかもしれない』と思ったことはすでに前ページで書きました。その理由は二つあります。
「私にも作れているのだから」というのが理由の一つですが、なぜ私にも作れているのかという詳細は後に詳しく書くことにします。
 もうひとつの理由は「もしかしたら昔話の語り手たちも『お話作り』をしてきたのではないかな」と思ったからです。

 昔話はもともとは、語り手が自分で覚えているお話を声を出して喋って聞かせて「お話をして」いたのです。自分が子供のときに聞いて覚えたお話を、今度は自分が小さな子どもたちに話して聞かせます。昔話はこうして長い間語り継がれてきたものです。
 一人の作家が紙に書きつけた作品ではなく、ましてやそれを一字一句正確に読んで聞かせていたものでもありません。

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2007年05月02日

リアルにしなくてもよい

[昔話のこと>おにぎりみたいなお話作り]
 昔話のようなお話が作りやすかった大きな理由は、まず、シナリオや小説のようにリアルにする必要がなかったことです。

 シナリオや小説は時代や場所が決まっているので、きちんとその時代や場所で話が進んでいるようにしなくてはなりません。たくさんの調べ物や取材が必要です。それは過去の物語も現在の物語も同じですし、もし未来のことを書くとしても、自分なりにその時代の様々な環境を設定しておかなくてはなりません。
 そして登場人物についても、そこに一人の人物をきちんと感じさせなくてはならないので、その人物の性格や背景、生い立ちや家族構成、信念やトラウマなど、実際に書かないような細かなことまで考える必要があります。

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2007年05月03日

一番大事な「筋(すじ)の明快さ」

[昔話のこと>おにぎりみたいなお話作り]
 昔話はとてもわかりやすい筋を持っています。何か解決しなければならないことがあって、それが最後に解決され「めでたしめでたし」で終わるのが、誰でもすぐに思いつく昔話のパターンだと思います。
 そして、昔話で一番大事なものは、筋書きです。登場人物ではありません。だから筋がわかりやすい事は昔話の必須条件なのです。

 聞き手(読み手)が「お話を聞く(読む)」ときに期待するのは、「あー面白かった!」という満足感です。
 お話の中で示される課題『片付けなければならないこと』が、お話の最後に『きちんと片付く』のを期待しているのであり、その期待がかなえられれば、満足感を得られます。
 片付き方は色々です。主人公の幸せであったり、悪が滅びて不安から解放される事であったり、小さな出来事が繰り返された後の楽しい結末であったり、あるいはまた悲しい結末であったり。

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2007年05月05日

夜中に思う

[雑記(古い)>日記]
日向が暑い

日陰に座って涼しい風にふかれることの気持ちよさ。
真夏になるとこれもかなわないもんね。

暖かくなると一気にこまかい生き物が姿を見せるのが不思議な気がする。
ぶら下がる青虫やら、逃げるトカゲやら。
みんなでせーのでボコンと出てきたみたいに。
こんなにわらわらとどこに隠れているんだろう、冬の間。


散歩疲れで早めの夕食の後眠ってしまい、また夜中に起きています。
午前四時半頃になるとしんとした夜が小鳥の声に変わる事も知っています。
十代の頃から知っています。
夜中なら安心して起きていられる、夜が明ける頃になると逃げるように布団をかぶる、そんな毎日でありました。懐かしいこと。
タグ:思うこと
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2007年05月06日

語りの単純さ

[昔話のこと>おにぎりみたいなお話作り]
 昔話には語り方にも特徴があります。昔話は、『見えている出来事を描写するだけ』です。心理描写や情景描写はほとんどありません。

 単純な語りは、作る立場からしてみると当然のように感じます。個人の特定をしていない、性格形成の背景なども決めていないのですから、詳細な心理描写をすることは道理に合わないように思えます。というよりも、必然的にそれはできないことだと思います。
 情景描写についても、同様の理由が考えられます。

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2007年05月07日

いつも同じ数や色(場面を思い浮かべやすくする工夫)

[昔話のこと>おにぎりみたいなお話作り]
 昔話にはいつも同じ数字や同じ色が出てきます。三、七、十二、百、とか、赤、金、銀、とか。
 あまり「覚えよう」と意識しなくても自然に覚えていられるものが使われています。そうでないと、覚える事に気を取られて、話に集中できません。とくに聞くお話の時は、ページを戻って確かめる事はできないので、聞き手に負担をかけないための工夫は大事だと思います。

 (余計な話ですけれど、あの三億円事件がもしも、二億九千六百万円事件とかだったら… 金額は大して変わらないのにその事件が記憶に残る確率は下がるのではないかなあ、と、思いませんか?)

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2007年05月08日

美人の容姿を説明しない理由

[昔話のこと>おにぎりみたいなお話作り]
 昔話は詳しい描写をしない、というのが特徴です。それどころか、わりと決まりきった言葉を使います。誰でもわかる簡単な言葉です。
 これはどんな描写よりも聞き手のイメージを助ける事になるのだと思います。簡単な言葉で述べられれば、それぞれが自由にイメージすることができます。

 ここで美人を引き合いに出す事はもう他所でされつくしていますが、結局のところこれが一番わかりやすそうなので、私も美人に助けを借りる事にします。

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2007年05月08日

着たきりスズメ

[雑記(古い)>日記]
部屋で落ちついて座っていられなくて外に出た。
イライラしてお話に向かう事ができない。

こもり続けていると時々こうなる。
土日の散歩は何の効果も無しかい。

外へ出ようにも着たきり雀。
無頓着と貧乏の成れの果て、というか、
あまり着たいと思わないものにお金を出すのが勿体なくて毎年やり過ごし。
どうせ何でもいいなら今着てるものでいいじゃん、てか。
さいきんは歳も歳なのであまりみっともない格好でいてはいけない気になってきたのだが、
ああ面倒くさい、
裸で歩きたいくらいだ。

図書館へ行って十三年ぶりにファッション誌をめくり何故か癒され、
日暮里の生地屋を何軒も見て歩いて楽しくなり、
でもたくさん見過ぎて疲れたり。 >>続きを読む
posted by hisako at 19:28 | Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記(古い)>日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする |

2007年05月11日

イメージさせないようにする事も必要である

[昔話のこと>おにぎりみたいなお話作り]
 昔話について一時期流行った「本当は恐ろしい」とか何とか。あれは世の大人たちの想像力がたくましすぎたおかげだと思います。

 悪い継母が最後に処刑されたり、謎かけ姫のお城が求婚に失敗した者たちのどくろでできていたりという、ちょっと聞いただけではあらぬ想像をしてしまうような場面が昔話にはありますが、これも他の場面同様に詳細を描写されてはいません。簡単な言葉でそれが述べられているだけです。
 美人を思い浮かべる際にはっきり具体的な容姿を描かなくても事が足りるように、ここでも聞き手は、はっきり具体的な場面を見る必要はありません。ただ「継母が処刑された」とか「謎かけ姫のお城は失敗者のどくろでできている」という事実が心に留まれば良いのです。
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2007年05月12日

孤立性(どんなことでもお話にできる便利さ)

[昔話のこと>おにぎりみたいなお話作り]
 昔話の特徴に「孤立性」といわれるものがあります。登場人物はまわりの環境から孤立している、エピソードのそれぞれはカプセルに入ったように孤立している。ちょっとわかりにくいですね。

 登場人物がまわりの環境から孤立しているというのは、現実世界なら一人で勝手に行動できないような身分の人でも一人でどこにでも行ってしまうし、誰とでも接触できる、というようなことです。昔話では『筋が必要とするなら誰が誰と接触する事も可能』なのです。
 リアルな物語なら理由づけに苦労しそうなところですが、その理由づけが必要ないのです。

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2007年05月14日

引き出しをぶちまける

[雑記(古い)>日記]
昨日旦那が引き出しをぶちまけました。

「いや、思ったより出てきちゃって…」

要するに引っぱり加減を間違えたということですな。歳が寄ってきたということですかな。

一週間ほどお話を休憩して別の事をしていました。
しかしそれとなるとそれしかやらないのが私の短所であって、そればかり考えてついに気持ちが悪くなったりしてしまうのです。ばかだなー
んでちょうど気持ちが悪くなったところです。(笑

お昼は素麺です。
タグ:日常
posted by hisako at 12:29 | Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記(古い)>日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする |

2007年05月15日

ちょうどそのとき

[昔話のこと>おにぎりみたいなお話作り]
 昔話では、まさに期限ギリギリの最後の瞬間に何かが起こります。【鳥に変えられていた兄たちが妹のところに飛んでくるのは、妹が火あぶりになろうかというその瞬間】です。

 このような話を私はもうハラハラ(イライラ)しながら読みました。「兄たちはもう少し早く、たったの一時間前でもいいから妹のところに来ればいいのに、そうすれば妹が火あぶりになりそうにならなくてすむのに、出来上がっているイラクサで編んだ肌着が一人分足りなかったとしても他の人の魔法は解けるのに。」この気持ちをわかってくれる人、少なくないと思います…

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2007年05月17日

軌道修正センサー

[雑記(古い)>日記]
久しぶりにゆっくり眠ったような気がする。
今日は具合は良いのだけれど、数日前から耳の奥が痛かったり、変に充血したり、頭がちくちくじわじわと痛かったり、いまひとつ調子が良くなかった。
本来やるべき(と思っている)事をほったらかして別の事に熱中していると、身体が軌道修正を求めてくる。
これって自分が軌道から外れている事に気付いていないときはとてもありがたい事なのだけれど、今回は自分でわかっていて道草食っているわけなので…ここまで生真面目に知らせてくれなくてもいいよ、って言ってみたり。

昔読んだ「赤毛のアン」のエピソード。 >>続きを読む
posted by hisako at 22:27 | Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記(古い)>日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする |

2007年05月19日

コントラスト

[昔話のこと>おにぎりみたいなお話作り]
 ある事柄を印象づけるのに、コントラストという方法があります。またいばら姫で申し訳ないのですが、いばら姫の誕生を祝う宴会の場面です。
 【…王さまは、お城に金のお皿が十二枚しかなかったので、十三人いる仙女のうちの十二人しか招かなかった。十二人の仙女は次々に素晴らしい贈り物をした。そして十一人目が贈り物をし終わったそのとき、招かれなかった十三人目の仙女が突然現れて、いばら姫に死の呪いをかけた。幸いな事にまだ十二人目が贈り物をしていなかったので、死の呪いを百年の眠りに変えた。…】
 十二人と一人。十二人という全体の中で、たった一人のはずの十三人目の仙女がとても目立っています。十三人目の招かれなかった仙女の印象は強烈です。
 いばら姫が呪いをかけられるというエピソードが、十三人目の仙女という人物を使う事でたいへん印象深くなっています。あるいは、呪いをかける人物を印象づけるために「十二人対一人」というコントラストを使ったのかもしれません。

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2007年05月21日

髪を短くした

[雑記(古い)>日記]
一息ついています。

髪を長く伸ばしていたのだけれど、襟足のあたりまで切りました。サッパリ。
今までは長いほうがラクだったのだけれど(寝グセつかないし)、どうも最近は長い事自体が気持的にタイヘンになってきてしまって。これも年令なのかなぁ。抜け毛も多くなってきたし、しかもその毛がやけに細くなった気もするし。
とにかくサッパリして気持ちまで軽くなったようです。単純。

服ものんびりペースで我慢できそうな感じになってきたので(笑)、そろそろお話と混ぜてやっていかなくては、だなー。
タグ:日常
posted by hisako at 21:17 | Comment(2) | TrackBack(0) | 雑記(古い)>日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする |

2007年05月23日

「家に帰る椅子」

[小昔話(作品)]
 昔々、ある春の日、お婆さんが家に向かって歩いていました。お婆さんは荷物を背負っていました。荷物はとても重かったので、お婆さんはすっかり疲れてしまいました。お婆さんは言いました。
「もうヘトヘトで一歩も歩… >>続きを読む
タグ:作品 小昔話
posted by hisako at 13:57 | Comment(0) | TrackBack(0) | 小昔話(作品) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする |

2007年05月25日

役割

[昔話のこと>おにぎりみたいなお話作り]
 昔話の登場人物にはリアルな背景がないので、誰が誰と接触することも可能です。極端な事を言えば、ある昔話の登場人物をそっくり別の人物に入れ変えても話が成り立つかもしれません。

 しかし、昔話の登場人物にはその立場に対して、はっきりと役目が与えられています。
■主人公の役目は『筋を進めるための行動をとること』です。
 具体的には
 『目的に向かって出発する』『贈り物を必ず手に入れる』
 『目的に到着する』

 です。

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2007年05月25日

[雑記(古い)>日記]
雨ですなぁ

昨日病院に行ってきました。
手術後少し機能低下していた甲状腺、昨日の血液検査ではちゃんと自力回復していました。
そして傷跡がきれいに治るようにとテープを貼っていたのですが、これももう貼らなくてもいいんじゃないかということで。わーい。
テープを隠すのにタートルネックを着たりしていたけれど、夏にはそれも暑いし、スカーフだって暑いし、かといって持っている夏服はみんな襟なしの首丸出しだしなー、と少し困って(それで襟つきを縫おうとか思ったようなわけで…)いたので、これはかなり嬉しいです。
でもまだ傷跡は見ればわかるので、隠したい気持ちと、まあいいかで普通にしておこうかという気持ちとが半々くらい。 >>続きを読む
posted by hisako at 13:02 | Comment(4) | TrackBack(0) | 雑記(古い)>日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする |

2007年05月29日

繰り返し

[昔話のこと>おにぎりみたいなお話作り]
 昔話というと「三回繰り返し」を連想する方は多いと思います。これは孤立化のところでも少し触れましたが、「語られるための形」なのだそうです。

 文面で読んでいると無駄に思えるような繰り返しは、音で聞く形になるととても重要な役割を持ちます。まず、繰り返しによってお話にリズムが生まれます。『三回繰り返しは三回目がうまくいくものと決まっています』が、三拍目が強調されるこのリズムは人間が自然に乗れるリズムだそうで、音楽にも「バーフォーム」という技法として存在しているそうです。(小澤俊夫著『働くお父さんのための昔話入門』日本経済新聞社)

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2007年05月30日

スイッチ

[昔話のこと>おにぎりみたいなお話作り]
 主人公の役目「筋を進めるための行動」を仮に『スイッチ』と呼んでみると、さらにその意味がわかりやすくなります。電灯のスイッチのスイッチです。(これをスイッチと呼ぶのはどこかで読んだ事のように思うのだけれど、思い出せない、すみません)

 スイッチというのは、押し方はどうでも、それを押せば電灯がつきます。とにかく押せば良いのです。
 主人公だからカッコよくスイッチを押さなくてはいけないなどということはありません。失敗の末にようやく押しても、うっかり間違えて押してしまっても、それがスイッチだと知らずに押してしまっても良いのです。
 主人公だけに限らず、登場人物の誰もがそれぞれのスイッチをどんなふうにでも押すことができます。
 このへんに私はとくに面白さを感じています。

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